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『コクリコ坂から』舞台はどこ?モデルになったスポットを調べてみた

『コクリコ坂から』舞台はどこ?モデルになったスポットを調べてみた

どこか懐かしさを感じる街並みが印象的な、ジブリ作品『コクリコ坂から』をご存知でしょうか?実在の場所を思わせる描写も多く、「どこがモデルなの?」と気になっている人もいるようですね。

そこで今回は、宮崎吾朗監督が手がけた『コクリコ坂から』舞台や、モデルと言われているスポットについて調査しましたのでご紹介していきます。

『コクリコ坂から』舞台はどこ?

スタジオジブリ作品『コクリコ坂から』の舞台は、1963年(昭和38年)の横浜です。物語には、当時の街並みを感じさせる山下公園や桜木町駅を思わせる風景が描かれ、どこか懐かしい港町の空気が漂っています。

作品名にもなっている「コクリコ坂」は実在しませんが、坂道の多い横浜の街を舞台にしているため、まるで本当に存在しているかのようです。映画を通して昭和の横浜を味わえるのも、本作の魅力の1つと言えます。

『コクリコ坂から』モデルのスポットを紹介

昭和時代のぬくもりを感じさせる、『コクリコ坂から』モデルのスポットについて、探ってみましょう。

コクリコ荘

下宿屋「コクリコ荘」は海を見渡せる丘の上にありますが、公式から明確なモデルは示されていません。有力なのは舞台が横浜であることや立地条件から、根岸なつかし公園にある「旧柳下邸」と言われています。現在も保存されている旧柳下邸は、大正中頃に建てられた洋館と和館が融合した近代和風住宅です。

関東大震災や戦時中も建物を守り抜いた歴史が評価され、横浜市指定有形文化財に認定されました。和洋折衷の内装も見学でき、作中のシーンを思い浮かべながら楽しめます。

坂道

「コクリコ坂」は、海からコクリコ荘へ続く坂道の設定ですが、実在する坂ではありません。モデルとして有力なのが、谷戸坂とチドリ坂(ムジナ坂)。谷戸坂は元町から港の見える丘公園へ続く坂道で、チドリ坂は大佛次郎記念館付近から新山下へ下る道です。

両者とも海へとつながる高低差のある坂で、「コクリコ坂」のイメージに近い場所とされています。神奈川近代文学館の横にある霧笛橋を渡って降りるとチドリ坂があり、横浜港を望むこともできるため、作中の風景を想像しやすいスポットです。

港の見える丘公園

本作の象徴とも言える信号旗は、横浜にある港の見える丘公園の展望台で見ることができます。映画公開後に旗と解説パネルが記念碑として設置されており、作画のイメージと重なる風景です。

コクリコ坂から メルが毎朝掲げていた旗は、「安全な航海を祈る」という想いを込めたもの。実際に使われている旗は国際信号旗と呼ばれ、船舶同士が進路を伝えたり異常を知らせたりするための世界共通の通信手段です。港を見下ろす展望台に立つと、作中で描かれた風景と重なり、物語の世界観をより身近に感じることができるでしょう。

TAKARADA

横浜市電の車体広告に書かれている「創業明治15年 宝田洋食器店」は、横浜元町にあるテーブルウェアショップ「TAKARADA」がモデルと推測できます。

1882年創業のTAKARADA(社名:寳田商店)は当初、家具・インテリアショップとして開業し、戦後からは洋食器専門店として元町で営業を続けてきました。市電の広告に描かれた店名や創業年は、当時の横浜の暮らしや商いの歴史を感じさせる要素として、作品の世界観に自然に溶け込んでいます。

横浜市電

磯子区にある、横浜市電保存館で見ることができる「横浜市電」。作中では1904年から1972年まで横浜市内を走っていた市電が、1963年当時の横浜の風景として描かれています。

保存館には500系から1600型までが展示され、0ゲージやHOゲージの車両が走る大パノラマも見どころの1つです。映画『コクリコ坂から』のレトロな横浜を、存分に味わってみてください。

ミハマ元町本店

コクリコ坂からの世界観と重なる存在として語られるスポット『ミハマ元町本店』は、1923年に横浜の元町で生まれた老舗シューズメーカーです。坂道の多い山手エリアに暮らす女性たちの足元を、長年支えてきました。

作中で海の母が履いている靴のマークがミハマに似ていると言われるのは、当時の横浜の暮らしや空気感を自然に映し出しているからかもしれません。作品の時代背景を思い浮かべながら訪れると、より深く物語の雰囲気を味わえます。

肉の丸英

風間俊と松崎海がコロッケを買う肉屋のモデルとされているのが、元町・代官坂のふもとにある「丸英商店」です。作中では、「坂の下のお肉屋さん」でコロッケを買うシーンが描かれています。

1951年創業の丸英商店は地元に根づいた老舗の肉屋で、1960年代には近くに住む学生たちが学校帰りに立ち寄り、コロッケを買い食いしていたようです。作品の舞台となる時代背景と重なり、映画の一場面を思い浮かべながら立ち寄れるスポットと言えます。

山下公園・氷川丸

男子文化部の部室「カルチェラタン」を巡り、理事長に直談判した帰り道のシーンの舞台とされているのが、山下公園・氷川丸です。海と俊は桜木町駅で電車を降り、赤レンガ倉庫方面から山下公園へ入って氷川丸の方向へ歩いていくと、作中に出てくる横浜マリンタワーやホテルニューグランドが見えます。

当時の最寄り駅は桜木町駅でしたが、現在は2004年に開業した元町・中華街駅です。映画ではエメラルドグリーンの船体で描かれていた氷川丸も、1980年代に塗装が変更されて今は黒い姿になっています。

カルチェラタン

港南高校のクラブハウスである「カルチェラタン」は、物語の中心となる場所。老朽化による取り壊しに反対する学生運動が、物語を大きく動かします。洋風建築と縦長の窓が特徴で、名前の由来はフランスのパリにある街「カルチェ・ラタン」です。

建物のデザインは宮崎駿氏が手がけ、カルチェラタンは明治時代に建てられた寄宿舎という設定。モデルとされるのは、明治8年創立の私立女子校跡見学園と言われています。

まとめ

今回の記事では、家族や過去とのつながりを見つめ直す物語である『コクリコ坂から』舞台を中心に、モデルとされている場所について紹介しました。

コクリコ坂からの舞台は横浜であり、山下公園や肉の丸英などのモデルとなった場所があるようですね。本記事のスポットを参考にして、『コクリコ坂から』の雰囲気を感じてみましょう!

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